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カナダ留学記 ②

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今回は私の住んでいた街を紹介しながら、

ひとつエピソードを紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

カナダ・オンタリオ州・ストラットフォード

 

 

 

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最近は日本から海外へ留学する学生が少ないと聞きますが、当時は留学ブームが始まった頃で、

カナダにも多くの学生が生活していました。

理由はいろいろあるでしょうが、もっとも大きいのがこれだと思います。

 

 

 

 

カナダドルのレートが良かった。

 

 

http://カナダ円.com/1997/http://カナダ円.com/1997/

 

 

 

私が留学した1997年のカナダドルのレートは最安で80円。

一時は125円まで上がったぐらいですから、当時はかなり円高だったんですね。

(さいきんも戻りつつありますが)

 

 

 

 

 

 

そんな留学ブームに乗って、カナダでもっとも人気の留学先だったのは西海岸のバンクーバーでした。

東海岸よりも日本に近いことに加え、日本人を含め多くのアジア人が多く住んでいたので、バンクーバーはリトルアジアと言われるぐらい、アジア人にとっては住みやすいところだったんです。

 

 

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日本の食材、ドラマのVHS、音楽CDも揃いますし、日本食レストランも多かったので、日本人には住みやすいところでした。

 

私が西海岸に行くことになったのは、そんなアジア人だらけのところを避けて、勉学に集中しなさいという仙人の考えがあったのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

さてさて、ストラットフォードに行くためには、まず成田からトロントまで飛行機に乗ります。

 

 

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1日1便しかない上に、12時間もかかります。

飛行機の技術革新なのかわかりませんが、当時は13時間以上かかっていた記憶がありますね。

 

 

 

 

 

 

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そして、このトロントに着いたら、そこから高速バスに5〜6時間乗って、やっとストラットフォードに到着です。

 

 

 

 

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大都会であるトロントと違い、ストラットフォードは小さな街です。

 

 

 

 

 

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私の住んでいた街の人口は2000人でしたが、市全体としては3万人いたようです。

(すみません、いま知りました)

 

 

 

 

 

 

 

 

ストラットフォード・地名の由来

 

 

 

 

さて、カナダというのはフランス人が移り住んできて、その後にイギリスの占領下に置かれた国です。

ですから、フランス語が公用語として残っていたり、建築物にイギリス文化の名残が残っています。

 

 

 

このストラットフォードという地名も、もともとはかの有名なシェイクスピアの出生地である、イギリス・ストラットフォードにちなんでつけられた地名です。

 

それもあって、年に一度シェイクスピアフェスティバルという演劇の祭典が行われ、カナダ国内はもとより、世界中から観光客が訪れます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北米最大の演劇フェスティバル

 

 

 

 

みんなここを目指してやってきます。

田舎にしては立派な劇場…

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もちろん、フラッグやチラシも配っていました。

 

 

 

 

 

 

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演目はシェイクスピア作品がほとんどです。

この外国感、すごいですよね。

 

 

 

 

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小さな街にこんなに人が集まるのは夏だけです。

 

 

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お祭りといっても、あくまで「演劇の祭典」であって、

スペインのトマト祭りや、高知県のよさこい祭りのような面白さはありません。

若者がストレスを発散するような楽しいイベントというわけではなかったです。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、当時16歳の私にもひとつだけ思い出がありました。

 

フェスティバル真っ盛りの頃、「もっと芸術に触れよう」というスラップダンスの先生の発案で、メンバー全員で観劇したことがありました(演目は「リア王」だったと思います)。

 

 

俳優達が話す言葉はすべて英語です。

しかもシェイクスピアンイングリッシュといわれる難解な英語。

英語を母国語としている人たちにも難解とされている昔の言葉で、シェイクスピアの戯曲の難しさを語る上で欠かせないものです。

 

ですから、開演後すぐに、私は眠りに落ちていったのでありました….

 

 

 

 

 

さて次の日、友達のアンソニーと街を歩いていた時のことです。

なんと、リア王の主演のおじさんが古本屋で読書をしているのを発見しました。

 

 

観劇中に寝てしまった私ですが、実はある理由でこのおじさんに注目していたんです。

 

 

そして私たちは古本屋に突撃し、このおじさんに話しかけました。

彼は嫌な顔せず、私たちに対応してくれた上に、なんとサインをくれました。

 

 

 

そのおじさんというのが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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http://www.esquire.com/news-politics/a20685/robert-redford-interview-0413/

 

 

 

 

 

 

 

ロバート・レッドフォードさんです。

 

洋画好きだった私は、それはもうテンションが上がりましたね。

(観劇中は寝ましたけど)

 

こんな大物俳優でさえ、シェイクスピアの演劇に出演すること、ストラットフォードの舞台に立つことには意義があるということなのでしょうね。

 

 

 

 

 

さて、そのサインはどこへ行ったかというと、大切な思い出として記憶の中にしっかりと保管されています…

 

 

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